2015年06月21日

死ぬことは悲劇ではなく地上世界に生き続けねばならないことこそ悲劇

癌の痛みで苦しみながら他界した妻は可哀想ですか?

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 この地上界では人が亡くなることを「不幸があって」と言います。
妻が癌で他界した時、霊的真理に目覚めてなかった私は妻を不幸だと思っていました。
妻の不愍が悲しくて悲しくて仕方ありませんでした。

 48歳という若さでやりたいことをやり残し、癌の痛みで苦しみながら他界した妻を可哀想だと思っていました。

 下記のシルバーバーチの言葉を納得できますか?と私が尋ねられた時、私の答えは「はい」です。
妻は全然 可哀想ではありません。
彼女の永遠の旅のほんの一部に私が立ち会っただけで、その一部を見て、彼女を可哀想だと思うのは私の思いあがりです。

 今 妻を思い出して悲しいのは妻を失った自分を可哀想だと思う自己憐憫の感情に過ぎません。
全く持って私の利己的な感情で妻には全く何の関係も無いことです。

(ここから)

 死ぬことは悲劇ではありません。今日のような地上世界に生き続けねばならないことこそ悲劇です。
利己主義と貪欲と強欲の雑草で足の踏み場もなくなっている大霊(神)の庭に生き続けることこそ悲劇というべきです。

 “死ぬ”ということは物的身体のオリの中に閉じ込められていた霊(真の自我)が自由を獲得することです。
苦しみから解放され真の自我に目覚めることが悲劇でしょうか。
豪華けんらんの色彩の世界を目のあたりにし、地上のいかなる楽器によっても出すことのできない妙なる音楽を聴くことが悲劇なのでしょうか。

 地上で存分な創造活動ができなかった天才が、その潜在する才能を発揮する機会を得るのが悲劇なのでしょうか。
利己主義もなく貪欲もない世界、魂の成長を妨げる金銭欲もない世界に生きることが悲劇でしょうか。
あなたはそれを悲劇と呼ぶのでしょうか。
一切の苦痛から解放された身体に宿り、一瞬の間に地上世界をひとめぐりでき、しかも霊的生活の醍醐味を味わえるようになることを、あなたは悲劇とお呼びになるのですか。

(ここまで)

「スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ」より

posted by コバチャン本舗 at 14:08| Comment(0) | 愛する人と死別したあなたに | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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